旅行・地域

2009年8月12日 (水)

江差 姥神大神宮渡御祭

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ここ二年ほど縁あって江差の姥神大神宮渡御祭に出かけている。
この祭りは北海道では一番歴史があるとされ三百六十年ほど続いている。また姥神の由来そのものがなかなかいい。
江差が陸奥の国(現在の福島、宮城、岩手、秋田、青森)、松前の江差と言われていた以前に、おりんと言う姥が江差の津花と言うところに草庵を結んでいた。おりん姥は天変地異を未然に知らせることから、里人は、ことあるごとにおりん姥の教えを乞い従って折居(おりん)様と崇め奉っていた。
ある夜江差沖合のかもめ島の方角から一条の光が草庵を照らすので、姥が不思議におもい訪ねてみると、白髪の翁が岩に座し「汝が来るのを待っていた」と言って壺を与え「この中の水を海中に注げば、ニシンと言う青魚が群来して、必ずや里人の暮らしを支えるであろう」と告げ、漁の仕方を教えて消えた。姥は教えられるままに里人に網を作らせ、壺の水を海中に注いだところ、たちまちにして海中が白濁してニシンが群来し、里人を餓えや寒さから救ったという。(大姥神神宮由来より)
また、ここの社殿には「隆民殿」という扁額も掲げられていて、この神社の成立の象徴として考えるとなかなか興味深いものがある。
さて11日の宵宮の御輿魂入れ、12日、13日の両日にまたがる市内巡行とびっしり付き合い、おかげで御輿や山車の掛け声、神楽の音がすっかり体の奥まで染み込んだようだ。このような素晴らしい祭りに参加できたことはしんどくも実に楽しい体験でした。

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2009年8月 2日 (日)

瀧之上發電所

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三男坊一家が暮らす、北海道は占冠村(しむかっぷ)に久しぶりに行ってきました。
占冠村は先の阿呆な(としか思えない)平成の大合併の激浪にも耐えて、誇り高き“村”としてその名を残せたことは同慶の至りです。
この村で、先の5月に「第5回日本・太平洋諸島フォーラム(PIF)首脳会議=太平洋・島サッミト」が開催されたことで、普段は静かな村が一時賑わったようです。
さて、この村への往復には国道274号(樹海ロード)を利用します。その際いつも国道から気になる建物が垣間見えてはいたのですが素通りでした。が今回は帰りにじっくり見ようと立ち寄ってみたというわけです。
夕張の紅葉山を抜けてJR石勝線「滝ノ上駅」の近くにこの建物はあります。総煉瓦造りで、そのどっしりとした佇まいはなかなかの存在感でした。
案内板によると北海道炭礦汽船株式会社の採炭電化の一環として、1924(大正13)年に建設された小規模水力発電所ということですが、現在も北海道企業局の水力発電所として使用されているというのには驚きでした。一部改修はされたようですが、ほぼ当時の原形を止めているというのも素晴らしい。
日本ほど地形学的にいっても、この水力発電に適した国は他にないのではないでしょうか。自然資源の有効活用という視点からも水力発電がもっともっと見直されてもいいのではないか、などと現役で稼働しているこの発電所を間近に見て思った次第です。

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2009年4月23日 (木)

シルクロードの旅ーサマルカンドⅢ

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シルクロードはあるPR誌の取材旅行で訪ねた地でした。1971年創刊のPR誌でこの時の取材の対象号は9号目、季刊でしたから創刊から3年ほどが経っていたことになります。同行の編集者Mさんが毎号の企画を立てライターもつとめるなど全面的に携わっておられました。
毎号特集形式で「空間を作る」、「食物の昨日・今日・明日」、「中国文化と日本」、「手と道具」など企業色を全く感じさせない内容です。企業メセナとして社会貢献が云々されてい時代でしたから、今では考えられないゆとりの内容です。まさに昔日の感あり、といったところでしょうか。
この旅の号の特集は「道」。
特集のトップは東北自動車道の先陣といわれる岩槻ー宇都宮間92.5キロの開通のルポルタージュ記事でした。この取材にも関わりましたが、高速インターを降りて旧国道を走り遠野に入ったときの感動はいまでも強く印象に残っています。
なんでしょうか、あれは。たぶんいままでまったく触れたことがなかった“ニッポンの原風景”とでもいったものにDNAが強く感応したのかもしれません。
さてもう一本の柱がシルクロード。
特集の文章から一部抜粋しますと「シルクロードの呼び名は、ドイツの地理学者˛リヒトホーフェンが、中国とトランスオキシアナおよびインドとの間の絹の交易路をザイデンシュトラーゼン(絹の道)と呼んだことから来ていることはよく知られている。まことに人の心をとらえるキャッチフレーズだが、その後研究が進むにつれ、この道があながち絹のみならず、より古くかえらさまざまな文物を運び、ユーラシア大陸の歴史を動かした巨大な軸であったことがわかり、シルクロードの呼び名に含まれる地域もはるかに拡大されて考えられるようになった。いまは大きく分けて、シベリア南部を通るステップ路、中央アジアのオアシスと砂漠を通るオアシス路、そしてインドシナ、インドを廻航する南海路の三路を総称してシルクロードと考えられている。ー後略ー」
サマルカンドはこのシルクロード・オアシス路の中心都市として栄えたところです。バザールからの帰りでしょうか、行き交う人々からもなにやら悠久の時とでもいったものが感じられるようです。35年も前になりますのでその後何らかの変化は当然あるでしょうが、日本の目まぐるしい変貌ぶりからすれば彼の地はほとんど変わっていないのでは?とも思えます。

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2009年4月14日 (火)

シルクロードの旅ーサマルカンドⅡ

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中央アジア、ウズベキスタンの古都サマルカンドは歴史的な建造物が随所に残っています。まるで街全体が博物館の様相を呈しているかのよう。ウズベク特有の黒地に白糸で刺繍を施した帽子の男や民族服に身を包んだ女性がモスクに出入りする姿が今でも目に浮かんできます。
道路の落書き一つとってもお国柄が現れているようで(どのように?といわれても返答に窮するのですが…)興味深いものがありました。このときの旅ではけっこうこの道路の落書きが目について何点かカメラに収めました。(下)
“世界の落書き巡り”なんてできたら面白いだろうな。などと今になって突然そんな思いに駆られてしまいました。そういえば日本ではめっきり子ども達の落書きが少なくなったような気がするのですが、どうなんでしょう。たまあに見掛けたりするとうれしいもんです。「あっ、元気だ、元気だ」なんてね。
上の写真はサマルカンドにある「ウルグベク天文台跡(Ulughbek Observatory)
」です。
現在は基礎と六文儀の地下部分のみが残っています。ものの本によると建造したウルグベクはティムールの孫でだったようです。建造された年は1420年、この天文台により1437年『ウルグベク天文表』が作成され、1年の長さは365日6時間10分8秒とされていて、現在の精密計算では365日6時間9分9.6秒。その誤差はなんと1分未満ということらしいです。


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2009年4月 6日 (月)

シルクロードの旅ーサマルカンドⅠ

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シルクロードほど“歴史とロマン”という月並みな言葉がぴったりと収まる場所も少ないのではないでしょうか。長い時間をかけ絹の道を通ってたどり着いた文物の蓄積が日本人をして特別の想いを抱かせるのかも知れません。
かなり以前に放映されたNHK特集の「シルクロード」は続編「新シルクロード」とともに大変な人気でした。喜多郎の音楽とともに映像が今でも目に浮かびます。
写真はサマルカンドのモスクです。
サマルカンドは中央アジア、ウズベキスタンの古都でアムダリヤ川の支流であるゼラフシャン川河岸にあります。ステップ気候から地中海性気候への移行部特有の抜けるような青空とモスクの色から「青の都」と呼ばれているようです(Wikipediaより)。ほぼ40年ほどにもなるので記憶はだいぶ薄れているのですが、レギスタン広場やシャーヒ・ズィンダ廟などの佇まいは今でも目に焼き付いています。


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